国際貢献とは誰に何をするのでしょうか。一つのステップを表しているかなと思い、私の3つの出会いと、そこから教わったことをお話します。17歳の夏にネパールのお医者さんを訪ね、診療所や病院を巡りました。大学を出たらネパールで働きたいと国際ボランティア願望が生まれました。30歳の時、英国で熱帯医学を勉強していた時に、ジンバブエの学生に会いました。正直どこにある国かも知らなかったのですが、彼の数学の能力に驚きました。他にも中国人やインド人等随分優秀な同僚がいました。自分が医者として働くより、むしろそういう人達を支える方が良いのではと思いました。現地にはお医者さんも、既に働いている人もいることに気づいたのです。そんな時アジア保健研修所に出会いました。直接支援ではなく、現地の人の研修や人材育成をするNGOでした。私が散々悩んでこれだと思ったものを既に日本でやっている人達がいると純粋に尊敬の念を感じました。
AHIでの人との出会いから「人は一人一人違う名前をもっている。誰も自立する能力を持っている。こちら側ですべきことがある。」ということを教わりました。オミサさんというバングラデシュの女性グループのリーダーが、ある時国際的な会議で絶妙なスピーチをされました。彼女の経歴を聞くと、早くに結婚し、夫の死や貧しさの為奉公に出るといった非常にハードな人生を送っていました。それにもかかわらずすばらしい自立したリーダーになっている。こんな凄い人達に国際協力って何しに行くんだろうと考えさせられました。「魚一匹あげてその人を一日生かすことはできるけれど、魚の捕り方を教えたら一生食料には困らない。」その通りですが、更に言えば自分達で考え工夫できる自立した人達がすでにいるということです。インドのある地域で、カーストの低い人達が井戸を使えず、日照りの為水が無い状況がありました。彼らは読み書きを勉強しました。地域住民の署名を集め申請すれば補助金が出る法律があったのです。申請に必要な単語を覚え、何ヶ月かかかって井戸を得ることができ、更に次の活動に広げて行ったそうです。ここでも自立した人々がいます。
近年エイズには様々な治療薬ができ、薬さえ飲んでいれば死なない病気になりました。ある国際会議で、ウガンダでエイズ治療薬が高く、毎月年収の2倍の薬代が必要であると聞きました。自分がエイズなら諦めますよね。でもそれが一番愛する人や家族だったら、まあいいやって言えないですよね。原因は薬の特許を取った会社がマーケットの必要に応じて自分で値段を決められたことでした。あまりに酷いと世界中で声があがり、大きな裁判の末、価格が約百分の一になりました。エイズ孤児をサポートする等の直接支援もありますが、実は薬の値段を下げる運動に参加することも大事な国際貢献になるんです。直接支援、研修や人材育成のような間接支援、そしてこの例のような世界規模の環境整備。どれが重要というわけではなく、それぞれが全部繋がっています。国際ボランティアをする時、私達に何ができるのかと悩みます。それでも、兎に角一緒に何かやらせてよと、そういう思いを持って頂ければと思います。 |