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国際貢献には様々な手法があり、一長一短があります。我々の団体の手法も、いろんな模索の中で生まれたものです。それが良いか悪いかは成果があがったかどうかです。国際交流は志さえあればできますが、国際貢献は志だけではできません。高度な技が必要です。
CVSGの施設に地雷障害者支援センターがあります。センターには子供農園があり、子供達は学校が二部制なので、学校に行かない時間に野菜を作って学費を稼ぎます。これが自立です。日本はすぐ物をあげてしまう。人をあてにしたら駄目なんです。自分の力でできることをすることが大切です。センターの敷地にエイズ村があり、エイズの家族が暮しています。地雷を踏んで手足が無くなり、その上エイズです。彼らは当然食べて行けません。そこで彼らの能力に応じて、収入を調査し、足らない分だけを支援しています。そうしないと、彼らは仕事をしません。下手すると生きる活力まで失わすことになるんです。国際貢献はそこが難しい。どの程度やるのか、本当に悩みます。
子供レストランでは学校に行きながら語学と調理と接客の勉強をします。全寮制で朝5時に起き夜10時まで勉強します。2ヶ月に一回里帰りだけ、孤児は帰る所もありません。それでも彼らは耐え忍んでいます。ルール違反が重なると自分の家に強制的に帰らされます。親が詫びるともう一度受け入れますが、詫びなかったら受け入れない。国際貢献は全員救えないんです。断崖に落ちた子供をひっぱりあげますが、手をのばさない子供はあげることはできない。手を持っても、もうちょっとというところで離されたら終わりです。落ちた子供までもう一度というわけにいかないんです。いくらでも手をあげてきます。それをわかって欲しい。100人いて何人かです、救えるのは。後は全部犠牲になっています。
支援センターで食事を作っている横に、センターに入所していない村の貧しい子供達がいる。どうしますか。食べさせますか、食べさせませんか。意見が割れるんです。答えがないんです。長期スタッフとして泥沼戦をやっている日本の青年達はこの判断をしないといけない。何かをやれば、必ずどこかで何かが起きる。もぐらたたきと一緒です。これを絶対忘れちゃいけないんです。それを予測しないといけないのが国際貢献です。それでもやらないといけないんですよ、国際貢献、人道支援。一人でも、二人でも、救わないといけない。NGO、国際貢献型NGOの宿命です。僕はNGOというのは、経済補正主義だと思ってます。経済の格差をNGO、国際貢献という手法を使って補正する。ODAベースの経済補正をミクロ化したのが、経済ミクロ補正主義。これがNGO、国際貢献の使命だと僕は思ってます。これは先進国の義務としてやっていかないといけないことです。皆さんの豊かさは、ある面でカンボジア人の生活を踏み台にしています。この経済補正主義がない限り、地球上には平和は訪れない。そういうつもりで国際貢献をやっています。
NGOの大きな問題は今後どうするかです。うちの団体は日本人は極力手を引くという態勢をとっています。いつまでも援助しない。今までやってきたシステムを生かして、自分達で資金を稼いでいく。彼らなりにやってもらうのです。いずれ観光だけに行って、元気かいと言えるような時代になってもらいたい、そう思います。
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