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養成講座紹介

平成14年8月31日
   「NGOによる国際協力活動 - AMDAでの経験を通して - 」

特定非営利活動法人アムダ シニア・プログラム・マネージャー 近藤 麻理 氏

AMDAは戦争や紛争、あるいは自然災害などが発生した際に、緊急救援活動を行うため、日本の中だけではなくて世界中に駆けつけている。また、貧困の改善のため、生活の支援あるいは医療の援助など、長期的なプロジェクトも世界中で行っている。1984年に岡山に本部を置く団体として設立され、岡山を大事にして、岡山で育ってきた組織だ。現在、世界中に支部が30あり、緊急救援があるときには日本からだけではなく、世界中のAMDA会員が集まって現場に向かう。
AMDAは、人道援助の際の三つの原則として、誰でも人の役に立ちたい気持ちがあること、また民族、国、宗教、文化と言うものに壁はないこと、そして援助される側にも人間としての尊厳、プライドがあることを大切に考えている。そこで生き、そこを良くしていくのはその地域に住む彼ら自身であり、一緒になって協力し合う努力をしなければならない。また、日本が進んでいるから、あるいはいいことだからといって、そのまま現地へ持っていってはならない。彼らにも様々な歴史、文化、そして人材、能力、資源、がある。それを尊重して活動することが大切だ。
現地で何かするときには、ごく普通に生きている住民の声をきちんと聞き、その人たちを動かし、サポートしながら、パートナーシップを組んでプロジェクトを進めることが成功の秘訣だと思う。また、どうやれば、私たちが居なくても彼らがやっていけるのかを、最初から考えておかなければならない。長期的な展望を持っているか、インフラが整っているか、人材がしっかりと育成されているかどうか、退いた後のランニングコストをどうするかまで考えなければならない。現地の自立や発展のために、私たち外部の者は支援するだけであって、現地の人達が主役であることを自覚することが重要だ。
誰のための、そして何のための支援なのかも考えなければならない。ある政権だけを、あるいはある側だけを助けるものであってはならない。紛争では、悪魔のように言われる側と虐められている側という単純な構図ができるが、市民レベルではどちらも苦しんでいる。情報が届かず、なぜ爆弾が降ってくるのか、なぜ友達が死ななければいけないかという、政治とは全く違ったところで苦しんでいる人がどちら側にもいる。悪であると烙印が押されたために全く援助が行かないということも起きる。国としてそういうところに援助を行うことは難しいからこそ、NGOの活動できる場があると思っている。また、大きなNGO、小さなNGOそれぞれに得意分野がある。小さなNGOは大変小回りが利き、即決してすぐに対応することができる。NGO同士で連携をとることが大切であり、全てのNGOが同じものを目指す必要は無いと思う。
私は1999年に約10ヶ月間、コソボでの緊急救援活動に携わった。AMDAは、コソボ自治区とベオグラードの両サイドに支援していた。200万人以上の難民は短期間で元の場所に戻ったが、彼らにとって、セルビア系の人達というのは可哀想にも思えるけれども許しがたいものであり、水面下では民族同士で多くの殺し合いが起きていた。半年経って、私とスタッフとの人間関係ができ、彼らの精神状態も少し落ち着いてきた時に、AMDAはベオグラードでセルビア系の人たちへの支援も行っていることを話した。すると、彼らは、AMDAという共通項を通してコソボの平和という同じ目的で活動していることに共感が持てたようで、民族は違っても同じ人間として復興・平和に対して力を尽くしている人達といつか会える日がくるといいね、と話した。私は、NGOがやるべきことは、こういった人と人との地道なつながりに関わることではないかと思った。
最後になるが、やはり人材の育成が大事だ。途上国でもそうだが、日本の国内でも大事だ。NGOというのはまだまだ新しい分野なので、誰が入ってきたとしても、みんな新人同様であり、年齢など全く関係なく一緒にやっていける。みなさんには、ぜひ、これから、外国での関わり、そして国内での関わりの双方で頑張っていただきたいと思う。



国際貢献ボランティア活動入門講座
岡山県企画振興部国際課